昏夢のなかで

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あけましておめでとうございます。

2018.01.10

 明けましておめでとうございます。今年もまた1年間お付き合いください。

 昨年の大みそか早朝6時半。まだ開店前の巨大なスーパー。店内にはこれから始まる大混雑を予感させるかのように第九が響きわたっている。お客として何度も訪れているから見慣れているはずの店内。しかし立場が変わってそこにいると、それは全く違った世界に見える。そうボクは短期のアルバイトスタッフとしてそこに立っていたのだ。

 息子の受験もあって、今年の冬休みは旅行に行くことはないと早くから決めていた。10日余りの休暇をどのように過ごすか考えていた12月初旬、フリーペーパーの求人欄に目がとまった。運送や流通業界での年末年始短期アルバイトの広告である。1週間前にも同じ広告が出ていたので初めて見るわけではなかったが、思うように人材が確保できてないことは予想できた。「よしっ やってみっか」いくつかの後押しする理由はすぐに見つかった。まずは人材不足でどこも困っていると思うので社会貢献になると思った。日頃から人を使う仕事をしているのでたまには逆の立場になってみるのも悪くないなと。もう一つはこれが最大の理由なのだけれど、非日常的時間、すなわち疑似旅行的なものを体験できるのではないかと考えたのだ。

 選択肢は色々とあったが大手流通に絞って面接日を決めた。まずは履歴書を書くところから始める。自分自身が履歴書を書くのは約30年ぶりとなるがなんだか不思議な気分になった。履歴の一番下の欄が代表取締役就任~現在に至るで終わっている。そもそもこんな怪しい経歴で短期のアルバイトとはいえ面接に受かるのだろうか?という一抹の不安をかかえたまま面接会場にいった。面接会場では3ケタの計算や性格テストみたいなものを受けた。3ケタの計算については自分でも驚くほどスピードが遅くなっていて出題数の半分程度しか制限時間内に解答できなかった。次に売り場の主任と面接をした。当然、何故会社を経営してるのにアルバイトなのかということを訪ねてきたから「どこも人手不足と思うので社会貢献の一環です」と答えた。この件をスルーされても困るなと思っていたので良かった。その後は焼き鳥を焼いた経験があるかどうかをきかれたので「これまでイベントでいやというほど焼いてきました」と答えた。合否の結果はその場ではなく、2日後に電話がきて採用が決まった。

 というわけで「大手スーパーの裏側にいざ潜入」ということにあいなった。大晦日という日はスーパーにとって1年で最も売れる日らしい。この日は売り場に朝6時までにいかなければならず、前日は寝過しては大変と思い、良く寝れなかったがまだ周囲が真っ暗な中、ワクワク8割不安2割、そんな状態で売り場に向かった。与えられた仕事は焼き鳥。朝から夕方まで8時間近く、焼き鳥を焼く準備をしたりたり、焼きあがった焼き鳥にタレを塗ったりする仕事を任された。物凄く沢山のことを覚えなければならないというわけではないが焼き鳥の経験があるかないかでは相当な違いがあると感じた、また日頃の居酒屋通いのおかげで焼き鳥の種類がわかっているのも大きなアドバンテージとなった。最も忙しい日でパートの人たちもピリピリしているはずなのに怪しげなアルバイトのオジサンに、想像よりもみんな優しかった。 
 年末の忘年会でこのアルバイトのことを同い年の経営者仲間に話していた。酔っていたせいもあるかもしれないが「何でおれも誘ってくれなかったの?」という話になった。もしボクがここで役立たずと判断されると来年からこの話がなくなってしまってもイヤだし、なにしろ貢献するために来たわけであるから初日から全力で仕事をした。慣れない環境に力が入っていた部分もあると思うが終わった後はなかなかの疲労感だった。
 5日間のアルバイトはあっという間。仕事になれたころで終了だ。最後に売り場の主任やパートさんに「とても助かりました。来年も是非っ」と言ってもらえたのが嬉しかった。

 アルバイト先のレストランの厨房が異常に汚くて、客としては2度と行かなくなったと言う類の話を昔はよくきいた。実際大手のスーパーの裏側はどうなのだろうかと興味があったが働いてみると衛生管理には非常に厳しかった。使い捨てのビニール手袋の交換を忘れかけてパートさんに何度か注意された。火を通すものにもここまでするのかという徹底ぶりだった。焼き鳥もパック用のものはオーブンで焼くが店頭に並べる焼き鳥は炭で丁寧に焼いているのも驚きだった。普通は見ることのない巨大スーパーの裏側を見てここの客で良かったと思えた。
 大晦日や元旦にこれほど多くのお客がやってくることも、我が家ではほとんど食卓で見ることのない焼き鳥がこんなに売れることも今回初めて知ったことだ。この5日間の体験は少なくとも行き慣れたハワイ旅行よりもボクにとってはずっと刺激的だったし、連日売り切れになる焼き鳥コーナーにいて沢山の食卓に貢献できたという満足感も大きい。そして本業の方にも良い影響が出るかも。例えばスタッフにもっと優しく接するとかね。(笑)てことでこのバトンはS社長に引き継ぐとしよう。
 

わりきれない

2017.12.28

2017年も残すところあと4日になった。2017という数字は素数だそう。ちなみに平成29年の29も素数。そんなことで今年自分にとってなんか割り切れないことってあったかな?と思い返してみるもとくになにもみあたらず。大きなトラブルもなく平坦な1年だった。また来年もこんな1年であることを願う。仕事の方は旭神町の元ヴィレッジバンガードの隣で美容室、整骨院、保育園などの複合施設を建築中。花としんでも住宅の基礎工事が終わっていて2月くらいから建て方が始まる。そのほか設計または積算中の住宅と店舗が10物件くらいあるので年明けからも忙しくなりそう。

新年は10日から始動いたします。良いお年をお迎えください。

なんだか落ち着かない

2017.12.19

なんだか心が落ち着かない。昼休みに見た余りにも馬鹿馬鹿しいテレビ番組のせいでもないだろう。それにしても芸能人がよってたかって何も知らないよその夫婦のことを徹底討論するなんて番組は早くなくなったほうがいい。メディアやスポンサー企業のモラリティはどうなっているんだか。

息子が小学生のころ、「いい大学を出てまともな会社に入らないと将来大変なことになるぞぉ」と散々脅迫めいたことを言っていた。自営業の面白さと大変さがめまぐるしく入れ替わり、安定することのない日々の真っただ中にいたころの話である。サラリーマンが楽だとは決して思わないけど息子には自分とは違う道を歩んでもらって、ボクや妻が見たことのない景色を味わってほしいと願っていた。そしてそのことが子供の将来の幸せに直結するとその当時は本気で考えていた。

一流大学を卒業しないと一流企業へ就職できないのは一部の例外を除き今も昔もそうかわらない現実だ。でも有名な企業に入ったからと言って幸せが約束されるわけではない。やっとのことで内定を勝ち取って入社しても理想と現実のギャップに打ちのめされてわずか数カ月で退職することもあるし、過酷な労働環境によって死に追い込まれる場合だってあるのだから。そもそも学歴や職業によって幸福の度合いが変わるわけでもない。そう気付いたのは息子の中学受験が終わって40代半ばに差し掛かったころだろうか。
 人間が不幸に陥る一つの原因として、ものごとを「比較する」ということがある。今むかえようとしている受験というのはその最たるものと言えるだろう。財産や名誉、地位、才能などがいくらあっても比較すれば誰かより劣ったところにいるはずで、そこから「みじめさ」がやってくる。でも誰とも比べることなくありのままの自分に満足して「これでいいのだっ」とバカボンのパパみたいに思える人は常に幸福の状態にある。幸せかどうかは何かに左右されるものはなく、自分がおかれた環境によるものでもない。それはむしろ、「態度」に近いものだとボク思っている。なのでいつからか「大学もいけるとこに行けばいいし、仕事も自分のやりたいことすればいい」というふうに考えが変わってきたのである。

そうは言っても子供の受験というのは自分の時以上に心が落ち着かないものだ。偏差値で人間の幸・不幸が振り分けられることはないととしても、「その大学、その学部でどうしても学びたいことがある」と言われれば子供の夢を叶えたいという一点において補欠でも何でもいいから合格してほしいと願う。そんなわけでこの寒さが少し緩むころまではこんな気分が続くことになりそうだ。

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